徳本修一が野菜をつくるまでの話(10)

TREE&NORF代表の徳本修一のインタビュー記事を「なぜ農業を始めたのか?」というテーマのもと、10回に渡って連載してきたこの企画。本日はいよいよ最終回です。

鳥取のおいしい有機野菜 TREE&NORF 代表 徳本修一
TREE&NORF代表 徳本修一

  1. 消防士になって、消防士を辞めるまで
  2. 東京での暮らし(前編・芸能界に入るまで)
  3. 東京での暮らし(中編・芸能界に入ってから)
  4. 東京での暮らし(後編・結婚して子どもができた)
  5. 東京から鳥取に引っ越し、わったい菜を創業
  6. わったい菜で奮闘した5年間(前編)
  7. わったい菜で奮闘した5年間(中編)
  8. わったい菜で奮闘した5年間(後編)
  9. TREE&NORFを創業、本格的に農業の道へ
  10. BLOFに出会って。そして徳本、大いに語る。

前回は、プロフェッショナルな農業家である西根さんに出会って、小祝さんという人物の存在を知ったと。今回でいよいよ最終話だね。

はい。藁にもすがる思いで小祝さんの著書を全て買って、貪るように読みました。それから小祝さんの開く勉強会にも時間をつくってスタッフと参加しました。

小祝さんの提唱するBLOF(ブロフ)理論に基づく農業は、それまでのトゥリーアンドノーフがやっていた農業とは全然違うのかな?

全く違いますね。まず、参加した勉強会の講義内容や会話で元素記号が飛び交っていることに衝撃を受けました。それまでの自分たちの農業観には全くないものでした。しかし、全ての判断や行動が、データが示す明確な根拠に基づいていることに、不思議な安心感を抱いたんです。霧が少しだけ晴れて、自分たちが進むべき道を照らしてくれているような気がしました。

これまではなんで失敗したのか、その理由が分からなかったんだもんね。「有機農業」のせいにするところだった。

それともう一つ、「有機農業は儲かる」という事実です。実際に、僕たちよりも小さな畑で、僕たちの何倍、何十倍も野菜を収穫して収益を上げている有機農業家がいるわけですから。ただし、有機農業は有機農業でも「科学的な有機農業」ですが。

科学的な有機農業とは、つまり誰もが使える方法論であるということかな。

そうですね。名人だからたくさん美味しい野菜が作れる、というのがこれまでの一般的な農業だったと思います。しかし、科学的な有機農業には膨大なデータの蓄積と、それに基づいた栽培理論、つまりBLOF理論がある。理論は誰もが触れ、活用できるものです。名人の経験や勘は必要ありません。

なるほど。

昨年(2015年)から、このBLOF理論をトゥリーアンドノーフの技術指針として、現場スタッフと、小祝さんの本や植物生理の本を教科書にして昼夜、勉強を重ねてきました。できることはすぐに実践し、今年の作付けの準備にも反映してきました。

その結果は出てきるのかな?

確実に出てきています。これまでの僕たちの畑では見ることのできなかったような素晴らしい野菜が育ちつつあります。もちろん上手く行っていない畑もありますが、土壌分析や野菜の丁寧な観察によって原因を追求し、対策を講じて実施することができる。つまりPDCA(*)のサイクルが回せるようになりました。これは僕たちにとって本当に大きいです。

鳥取のおいしい有機野菜 TREE&NORF 徳本修一が野菜をつくるまでの話(10)
見事に葉を繁らせたじゃがいも(男爵)の畑

対策がすぐに結果として目に見えてくると、スタッフの精神衛生も良くなるね。

そうなんです。結果が出てきているというのは、BLOF理論があるから、だけではなく、それを懸命に学びながら「良い野菜を作りたい」という強い思いでスタッフが全力で頑張ってくれていることが一番大きい。彼らの頑張りに野菜が応えてくれているわけですよね。しかし、それにはやはり指針となるものが必要だったわけで、BLOF理論に出会えたこともやはり大きいと言えますね。

鳥取のおいしい有機野菜 TREE&NORF 徳本修一が野菜をつくるまでの話(10)
力強く生育中の千両なす

今年の収穫が楽しみだね。

小松菜はすでに出荷が始まっていますし、じゃがいもは今月末、なすも来月初旬から始まる予定です。またブログで共有するので、ぜひ読んでほしいです。

鳥取のおいしい有機野菜 TREE&NORF 徳本修一が野菜をつくるまでの話(10)
すでに出荷中の小松菜

インタビューを終わります。

あの、農業全般のこととか、今後の展望についても話していいですかね。

いえ、今回は結構です。

島国である日本で、日本語を使って生活している僕たち日本人にはあまり実感としてないかも知れませんが、今後、世界的に生産環境やマーケットに大きな変革、パラダイムシフトが起こると思っています。

……。

この100年で人口がどれだけ増えたか、ご存知ですか?

んーと、30億人くらい?

いえ、その倍、約60億人です。1900年頃は16億人だったのが、現在は73億人です。ここまでの爆発的な人口増加は、人類史に例がありません。そしてこれからも増加し続け、2065年頃には100億人に到達すると言われています。

少子高齢化に悩む日本に暮らしてると、人口が増えているという感覚はないし、情報もそれほど聞かないね。100億人と聞いてもピンとこないけど……、今の日本の人口の約80倍か。

この人口爆発によって急増した食料需要を、近代的な農業が支えてきました。しかし、そのやり方も限界に達すると言われているんです。

どういうこと?

野菜を育てるのに必要な元素は約17種類ありますが、これらの多くは地下資源に依存しています。トラクターなどの重機を動かす燃料も同様ですよね。大規模に野菜を栽培するために、大量の地下資源を世界中から掻き集めて、肥料として使用しているわけです。これが際限なく続けられるわけがありません。近い将来、枯渇すると言われています。

ふむふむ。

僕たちが実践しようとしている科学的な有機農業は、地域にある資源を活用して循環させることが考え方の軸としてあります。地域の畜産業、林業を活用した堆肥づくりは分かりやすい例だと思います。その堆肥を使って米や野菜をつくり、それが畜産に戻っていく。その地域で成り立つ農業こそが、本当の意味での地域性や自立性を備えるわけです。

「地産地消」という言葉があるけど、その「地産」の根元の部分の話だね。現在の農業は地域で栽培・生産こそしているけれども、肥料や燃料は外からのものに頼っているというわけだ。

けれど、外に対して閉じ、内側だけで完結すればいい、という話しでは決してないんです。将来的には「木のマーク(トゥリーアンドノーフのシンボルマーク)」の看板が立った農場を世界中に作っていきたいと思っているんですよ。

徳本節が冴え始めたね。

もちろん、今はまだ挑戦を始めたばかりですし、大きなことは言えませんが、これだけは言えると思います。つまり、科学的有機農業はビジネスとしてのポテンシャルが非常に大きいということなんです。

成長産業だと。

さきほど話した、地下資源に依存した近代の農業手法は、もっとスマートなものに置き換えられていくと思います。微生物の活用がより広まったり、大型の農業重機が小型のドローンに置き換わったり、ビッグデータを活用した効率的な農業手法などです。

鳥取のおいしい有機野菜 TREE&NORF 徳本修一が野菜をつくるまでの話(10)
農業での活用が見込まれるドローン(出典:engadget / © DJI

休みの日だけ仕事している兼業農家の多い日本で、そこまでプロフェッショナルな状態ににわかに切り替わるのは想像しづらいね。

今すぐに、というわけにはいかないでしょうが、一定の規模の投資が集まれば、世界的には、飛躍的に進む可能性があります。GoogleなどのメガIT企業が農業分野に投資している(*)ことからも分かるとおり、成長機会は十分にあるはずなんです。

農業を根底から覆すイノベーションが生まれるかも知れないと。

それが実現したら、多国籍企業や大手機械メーカーが世界的に支配している現在の農業界の絵図が書き換わる可能性は大いにありますよ。

徳本としては、そのキッカケの一つが、科学的な有機農業ではないかと考えているわけね。

そのポテンシャルは十分にあると思っています。ただし、少し話を戻すと、そうしたマクロな視点を持ちつつも、僕たちは僕たちで目の前にある野菜と向き合いながら、成すべきことを成してかないといけない。

まず成すべきことと考えているのは?

有機農業の大規模化です。大規模に野菜を作ることで、一人でも多くのお母さんと子どもに届けることができます。この大規模化を実現するうえでまず必要なことは、人材育成です。

どの業界でも大切なことだよね。

これまでの農業は、突出した「個」の才能が牽引してきたという側面があります。その「個」がインターネットというツールを得て、マーケットと繋がり、より大きな影響力を持つようになってきたのも事実ですが、全体的に見ればまだまだ小さい。

スティーブ・ジョブズのAppleなんかは、彼の「個」の才能が牽引してきたと言われる会社だよね。彼の死後、好調な業績とは裏腹に、製品の魅力が落ちていっているという話も聞くけど。

BLOF理論のような確立した技術を、「個」だけではなく「組織」として実践できるような仕組みが必要だと感じています。人が技術と知識を正しく習得し、成果物をしっかり上げながら、人、組織として成長する、結果として目標とする規模が獲得できる。この仕組みを作り上げる作業が、絶対的に必要です。

要するに、農業もその他の業界と同じように、会社組織としてきちんと人事や労務をマネジメントして、責任や能力に応じた報酬を支払うということが必要だというわけね。

当たり前のようでいて、それができてなかったのが農業なんです。畑や野菜にはそうしても、人をマネジメントして、育てていくという概念が欠落しがちだったわけです。

基本的な知識を学んで就農を援助する、新規就農者を増やす仕組みは、自治体レベルではあるよね。

今すでにマーケットは供給過多です。さらに今後も増加するプロフェッショナルな農家の高品質な農作物が供給されていくはずです。はっきり言って、「田園風景を守る」「地域農業の担い手」といった情感が主の就農者が太刀打ちできるマーケットではありません。仮に参入できても、本当の意味で自立し、継続して稼ぐことのできる仕事にするのは非常に難しいでしょうね。

経済論理で動くプロ農家だけに農地を任せると、棚田のような非効率な農地は放棄されてしまって、結果として日本古来の景観が失われていくということも指摘されてるよね。

観光資源として活用できる田園風景であれば、その目的で維持・管理すればいいと思います。しかし、少子高齢化で人口がどんどん減り、税収が減るのに社会保障費が増えると予測されている中で、田園風景に対するノスタルジックな想いに税金を投入し続けることは難しいんじゃないでしょうか。

まあ、新規就農者を増やせ!というのは、農水省やJAなんかの別の思惑もあったりするわけなんだけど。

トゥリーアンドノーフとしては、今後できるだけ鳥取県東部で農地を拡大していきたいと思っているんですね。目標は現在の80倍、850ヘクタール(850万平方メートル)。離農者が増えていくと見込まれていますし、お借りできる農地は飛躍的に増えていくと考えています。

自分がもう立てなくなった畑で、その後も素晴らしい野菜が栽培されるとしたら、地主としても嬉しいことだろうしね。

本当に美味しくて栄養満点の野菜を、安全な方法でたくさんつくる。栽培技術力も高く、だから当然給料もいい地域に愛される、世界に通用する強い組織をつくって、先ほど話したように、世界中にトゥリーアンドノーフの畑を広げていきたいと本気で考えています。日本の一地方都市にすぎない鳥取で、世界を相手に勝負していきたいんです。

「鳥取にすごい農業法人がある」と、日本はもちろん世界中から注目されるような組織になれば、何かと問題になっている人口流出や地域活性などにも、少しはお役に立てるかも知れないね。

仕事を通じて、地域や社会に良い影響を与えることができるのは、素晴らしいことですよね。僕の場合は、これまでいろんなことに挑戦しては失敗し、むしろ迷惑をかけてきました。でも今、有機農業という僕の情熱の全てを捧げられる仕事に出会うことができて、情熱溢れる仲間と一緒に挑戦できていることに本当に感謝しているんですよ。

鳥取のおいしい有機野菜 TREE&NORF 徳本修一が野菜をつくるまでの話(10)
頼もしい仲間たちと(左から、乾、徳本、松本)

打ち込める仕事があるというのは、本当に素晴らしいことだよね。

愛する家族、仕事の仲間、そして世界中のお母さんと子どもたちに喜んでもらえるような野菜をつくれるように、これからも挑戦していきたいと思っています。

応援してます。

ありがとうございました。

  1. 消防士になって、消防士を辞めるまで
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  5. 東京から鳥取に引っ越し、わったい菜を創業
  6. わったい菜で奮闘した5年間(前編)
  7. わったい菜で奮闘した5年間(中編)
  8. わったい菜で奮闘した5年間(後編)
  9. TREE&NORFを創業、本格的に農業の道へ
  10. BLOFに出会って。そして徳本、大いに語る。

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* PDCA:業務を進めていくうえで基本とされるサイクルを構成する4つの要素の頭文字、Plan=計画、Do=実行、Check=確認(評価)、Act=対応(改善)


和多瀬 彰

TREE&NORFのWEBサイト、印刷物などの制作を担当しています。趣味はキャンプと読書。最近、初めての子どもが生まれ、バタバタな毎日を送っています(詳しいプロフィールはこちら)。

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1件の返信

  1. 坂本賢亮 より:

    徳本さんのこのストーリーにものすごく感銘しました。私は鳥取市河原町に住む坂本というものです。私も今消防ですが、地域おこしや、いずれは農業に取り組みたいと考えるものです。嫁は西郷工芸の郷のカフェで手作り焼菓子を作っています。今月10月に開催されます、西郷工芸祭りでクッキー缶を販売しようと考えています。たくさん作って売れるかなど心配もありしたが、失敗を恐れていてはなにも進まないと感じました! いつか農業や街おこしでお話出来る機会があればと思っております。
    今後ともご活躍を応援しています。私どもも負けないように頑張ります

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