固定種 – True Bred

農業の言葉固定種

野菜には一般的に種で増やすものや球根で増やすもの、挿し木や蔓や芋の欠片で増やすものなどがありますが、ここで言う固定種とは、親と子が同じ特徴を持つ(=世代が変わっても特徴が変動しない=特徴が固定されている)品種のことであるとします。ですから、親から種を取ったり蔓を増やしたりでその同じ特徴をもつ品種の野菜を増やしていくことができます。

「え? そんなの当たり前のことでは?」
とお思いでしょうか?

ここで、固定種としばしば対比される「F1種(えふわんしゅ)」を引き合いに出して、固定種とは何かについて考えてみます。

固定種とF1種の違い – F1種について

実は日本では固定種ではない野菜も栽培されています。むしろ現在、日本で栽培され、流通し、食されている野菜の90%以上が、F1種の野菜ともいわれます。F1種とは、雑種第一代(First Filial Generation)の野菜のことで、英語表記からF1種と略記されます。

「雑種第一代」の野菜とは、異なる品種の野菜が交雑して産まれた第一世代の野菜を指します。交雑とは、おしべの花粉がめしべについて種ができることです。異なる特徴を持った二つの品種の野菜が交雑すると、その交雑でできる種からは全て同じ特徴の野菜が育つことが大抵です。

たとえば、「種が丸い」品種のサヤエンドウと「種がしわしわ」の品種のサヤエンドウが交雑すると、できるサヤエンドウは全て「種が丸い」という同じ特徴を持ちます。こうしてできたその丸い種が雑種第一代の種、すなわちF1種と呼ばれます。この時、F1種の性質として現れた「種が丸い」という性質を優勢であるといい、現れなかった「種がしわしわ」という性質を劣勢であるといいます。

この「種が丸い」F1種を蒔いて育ててF1種の花粉をF1種のめしべにつけた場合、できる種は「種が丸い」ものであったり「種がしわしわ」なものであったりとまちまちになります。親は「種が丸い」のに子は「種がしわしわ」のもの混じるということで、親と子で違う性質が現れてしまうのでF1種は固定種ではありません。

この「優勢の遺伝的特徴が、雑種第一代に表れる」ことを利用したのがF1種です。このF1種の野菜は、以下のような長所があります。

  • 「収穫が多くなる…どの株からも安定した量の野菜が取れるため、規格外品も減り収穫量が増える
  • 「収穫時期がそろう」…短い期間に大型機械などを利用して一斉に収穫することができるので、野菜の大量生産に向く
  • 「同じ大きさと形」…同じ大きさで同じ形なので箱詰めしやすく輸送効率が良い
  • 「硬くて傷つきにくい」…収穫した後、家庭や飲食店で消費されるまでに輸送などで傷がつくのが少ないため、クレーム発生率が下がる
  • 「甘さ」「癖のなさ」といった特定の要素を追求した品種を作り出しやすい

便利なだけのように見えるF1種にも、やはり短所はあります。

  • 遺伝子の多様性に欠けるため、一つの病害虫で全滅する可能性がある *1
  • できた種から翌年も同じ野菜を栽培することができないので、毎年F1種の種や苗などを購入する必要がある *2
  • 遺伝子組み換えなどの安全性に不安を感じる人もいる技術が導入されやすい
  • 「硬くて傷つかない」というような長所は「柔らかくおいしい」野菜への需要に矛盾したりと、消費者ニーズに合わないこともある
  • 2に関連して、特定の種苗業者の都合によりその品種を作れなくなってしまったり、シェアの独占が進むとその野菜栽培自体を企業が操作する恐れもある

固定種とF1種の違い – 固定種について

以上、F1種との対比をしていくことで、わたしたちがつくる固定種野菜がどのような特徴を持つのか見てみたいと思います。まずは良いところから。

  • 遺伝子型が多様なために、新たな特定の病害虫が出現しても壊滅状態にはまずならない
  • できた種や芋などから次の栽培をすることができるので、極端な天候などにより種子が市場にない場合などにも対応することができる
  • 種苗会社の営利面から、安全性の怪しい技術を固定種に導入する動機が働かない
  • 特徴的な品種の野菜が多く、たとえば大根でも様々な形や色、味を楽しめる
  • 誰もが新たな固定種を開発することが可能で、その地域や個人の好みにあった野菜栽培を続けることができる*3

一方、短所ももちろんあります。

  • 収穫量は少なくなりがちなことが多い
  • 収穫時期がそろわないので、機械などを利用した一斉収穫に不向き
  • 大きさがそろわなかったり、独特な形の野菜もあるので、大量生産や大規模流通に不向き
  • 輸送や保存に不向きな品種も多く、鮮度を保ったまま届けるのに苦労する
  • 味について「昔ながらの野菜」であることも多く、野菜本来が持つ独特の癖を苦手とする消費者に受け入れられ難いこともある

わたしたちが毎日足を運ぶありふれたスーパーの野菜売り場で、一年を通じて十分な種類と量の野菜を安定した価格で買うことができるのは、F1種の野菜があるからです。逆に、固定種野菜は現代の農業や生活様式、食生活・習慣に必ずしも向いていません。

*1 現代農業は経済性・合理性を高めるため、多くの種類の野菜を栽培する多品種多品目栽培ではなく、広い面積に少ない種類の特定の遺伝子を持つ野菜を栽培するスタイルが主流です。例えば一種類のある遺伝子型の野菜を大量生産する畑を特定の病害虫が襲った場合、面積にかかわらず壊滅する危険もあります。
*2 F1種は「第一世代は遺伝的に優勢の特徴が現出する」というメンデルの法則を利用しています。このため、第二世代以降はどの特徴が表れるかわからないために、採れた種から野菜をつくっても親の世代とは異なる特徴を持った野菜も混じってしまうことになります。
*3 固定種で植物としては種取や株分けなどで増やすことが可能であっても、種苗法や植物検疫などの面により勝手に栽培してはいけない品種や野菜も存在します。