「体温を上げる料理教室」若杉友子
東京で忙しく働いていた数年前、食事のほぼ全てを、職場近くのファストフード牛丼店の280円メニューで済ませていた時期があった。そんな生活がひと月近く続いたある日の夜、店の前までやって来た僕は、くるりと背を向けて帰宅した。
「このままでは、自分の体が280円になってしまう!」
そう、ふと思ったのだ。冗談のようにも思えるが、あの時、恐怖に近い違和感を覚えたのを思い出す。
部位によって異なるが、僕たちの体は、数か月から数年で細胞が入れ替わると言われている。
もちろんその代替源は、マイにと食事でとっている肉や魚、野菜などだ。ひと月で細胞が入れ替わる器官があったとしたら、あの頃の僕のそれは、ファストフード店の牛丼に置き換わったことになる。
「体温を上げる料理教室」
若杉 友子
万病のもととなる「冷え」を食事で改善するための知恵が満載。「地産地消」の本来の意味を問い直し、伝統的な料理を中心とした食生活の大切さを提唱する著者のもとには、全国からの訪問者が後を絶たない。
この本の著者、若杉氏は、人が生まれてからずっと食べてきた積み重ねを「食歴」と表現する。
体に不調が生じたり、病気になったりするのは、その食歴で決まるというのだ。自分の体は自分が食べてきたもので出来ていることを考えれば、うなずける考え方ではある。
これまで人は、何千年もの間、暑い土地、寒い土地、その土地様々に、その季節に採れたものを、脈々と受け継がれてきた知恵を活かして美味しく食べ、命をつないできた。
野菜が季節感を失い、地球の裏側で栽培された野菜や畜産が食卓に並び、食べ物が信じられないくらいほど長い間、腐らなくなったのは、ここ100年くらいの話だ。
人類の「食歴」の大転換点に僕たちは生きている。何かが性急に動いた時、どのような結果がもたらされるかは、歴史を見れば明らかだ。
280円の体を持つ男の言葉ゆえ説得力に乏しいが、若杉氏の言葉は一読の価値がある。
(2013年発行 フリーペーパー TREE&NORF Vol.2掲載)