徳本修一が野菜をつくるまでの話(8)
TREE&NORF代表の徳本修一のインタビュー記事を「なぜ農業を始めたのか?」というテーマのもと、10回に渡って連載するこの企画。本日は第八回です。
TREE&NORF代表 徳本修一
- 消防士になって、消防士を辞めるまで
- 東京での暮らし(前編・芸能界に入るまで)
- 東京での暮らし(中編・芸能界に入ってから)
- 東京での暮らし(後編・結婚して子どもができた)
- 東京から鳥取に引っ越し、わったい菜を創業
- わったい菜で奮闘した5年間(前編)
- わったい菜で奮闘した5年間(中編)
- わったい菜で奮闘した5年間(後編)
- TREE&NORFを創業、本格的に農業の道へ
- BLOFに出会って。そして徳本、大いに語る
前回は、わったい菜のコダワリが上手に機能しなかった、という話だったね。最後に、小売店の話も少し出たけど……。
わったい菜が採っていたドロップシッピング(生産者から消費者に直接配送する仕組み)のデメリットとして、異なる生産者の商品を買う場合に、同じ注文でも同梱できない、商品によっては別々に送料がかかってしまうという問題がありました。
消費者はふつう、同じお店での注文なら一つの箱で届くと思うもんね。送料無料と送料別の商品を一緒に買ったら、送料無料になると思うだろうしね。
はい。それを解消するために配送センターの機能を持った施設が必要だなと。しかし前回も言ったとおり、わったい菜の商売の規模では、自前の配送センターを持ってしまうと、その運営コストが負担になり過ぎます。
それぞれの農家から配送センターへ商品を集めるコストもかかるしね。
それで、野菜を中心として販売するお店を企画したわけです。ネットで売れなくてもお店で売ることができるし、その逆のパターンもある。ドロップシッピングに対応してもらえなかった生産者の商品も取り扱うことができるので、取り扱い商品も増やせます。
理屈的には言うことないなぁ。
「八百屋わったい菜」という名前の店を、イオン鳥取北店の裏側に出しました。2013年6月10日のことです。
八百屋わったい菜(以下、八百屋)にはいろんな失敗があるんですが、というか失敗しかないような気がしますが、大きなものを幾つか紹介しますね。まずは仕入れです。
ふむ。
八百屋のテーマは、「鳥取県内で安全な方法で栽培された野菜を丁寧に販売する」というものでした。
ネット通販と同じ、「鳥取県産」というコダワリだね。
ネット通販でも野菜ボックスを販売してはいましたが、出荷量が多い日もあれば少ない日もあったりと不安定だったので、僕たちが農家を回って野菜を仕入れていました。最初は集荷に回る農家の数も多くはなかったので、それほど負担にはなりませんでした。
ほう、自分たちで回ってたのか。
が、品揃えを強化するために取引する農家を増やすと、大きな負担になりました。北栄町や関金町、八頭町、智頭町まで回ることになったもので……。
鳥取に暮らしていない人にはピンとこないかも知れないけど、車で回ると総距離200kmくらいの距離があるもんね。
例えば2トントラックに満載、とかならまだいいんですが、たいてい軽自動車のワンボックスに積めるくらいの仕入れボリュームだったので、人件費を入れると、仮に仕入れた野菜を全部売っても赤字といった日もありました。
とはいえ、そんな少量の野菜を農家自身に配達してもらうのも無理だろうしね。
中には配達してくれる農家もいましたが、大半は自分たちで集荷する必要がありました。要するに、品揃えを良くすればするほど、仕入れの負荷とコストが増大する仕組みだったわけです。
最初から分かりそうなもんじゃない?
まあ、そうなんですけどね。
逆に、これはやってみないと分からなかっただろう、というのは?
小規模な農家のマネジメントが非常に難しいということです。基本的に彼らは、八百屋で野菜を売ることができなくても困らない人たちです。僕たちが「野菜を分けてもらっている」という感覚。
ビジネス的ではないと。
ビジネスとしてキッチリ対応してくれた農家ももちろん多かったですよ。そうではないところもあったのは事実ですが。
どんなエピソードがあるかな?
関西の取引先(野菜の卸販売)に、野菜Aを毎日出荷してました。ある時、大阪に出張に行ってたんですが、鳥取から「野菜Aが仕入れられなかった」と電話で連絡が入ったんですよ。すぐに野菜Aを仕入れている農家さんに電話したら「出荷する野菜はない」と言うんです。
ないものはない、と。
入っていたアポを全部キャンセルして急いで鳥取に帰って、その農家に行ったんですよ。そしたら畑に野菜Aはたくさんあったんです。
どういうこと?
やる気がなかったのか、見間違えていたのか……、それは分かりません。とにかく出荷しないといけないから、農家と一緒に、スーツ着たまま汗だくになって収穫してパック詰めして、八百屋に持って帰ったんですよ。
すごい話だな。
他には、敬老の日の企画で、出荷日が決まっているのに「仕上がりに納得できない」と出荷を拒否した農家があって。すでに一般消費者の注文が紐付いていたので、僕たちの取引先である大手百貨店のバイヤーが大慌てで現地にやってきて、一緒に説得したけどNGだった、みたいなこともありました。こういうことがちょくちょくあったんですよね。
仮に八百屋わったい菜の事業計画を綿密に立てていても、実際に実行するのは困難だったかも知れない、と。
いや、もちろん僕の計画不足、準備不足が最大の失敗要因ですよ。
仕入れに時間もコストもかかる、予定していたとおりに仕入れられないこともある。しかしそんな問題も、ある程度売り上げが上がれば薄まってくはずだ、みたいな考えが徳本の中にあったんじゃない?
安易に考えていたんですよ。八百屋をオープンすれば、お客がどんどん来て、野菜もどんどん売れるから、個々の農家からの仕入れ量も増えて、集荷コストも回収できて、農家の中での八百屋のプレゼンスが上がって、そのうち農家が直接配達してくれるようになると思ってたんですよね。
しかし、売れなかったと。
はい、売れませんでした。単月ですら、一度も黒字になることはありませんでした。
売れなかった理由って何だろう。
値段が高い、品揃えが悪い、駐車場が狭い、店に入りづらい、、、いろいろあると思います。もともと八百屋という商売は、時代の流れで淘汰されてしまったものですから、これを覆すほど魅力的なビジネスモデルを構築できてなかったということですね。
肉屋、魚屋、酒屋、日用雑貨店、いろんな店の集まった商店街にあるからこそ、八百屋という商売が成り立ってきたわけだよね。そうではなく、ポツンと八百屋だけある、野菜を買うためだけに寄ってもらって、それ以外はよその店で、となるとよほどの魅力が必要だよね。
一度だけではなく、継続して来店してもらう必要がありますからね。現代人は、スーパーマーケットの利便性に慣れきってしまっているわけですから。毎週定期的にイベントを開催したりしてましたが、顧客の定着にはつながらなかったですね。
失敗ポイントは他にもあるのかな?
結局、またも「無計画」というところに行き着くわけですが、例えば、事前に仕入先の情報をほとんど持っていなかったとかですかね。5月にはどの農家がどんな野菜をどれくらい栽培しているか、といった情報をリサーチしていなかったので「5月になったぞ。商品棚は空っぽだ。さあ、農家はどこだ?」みたいな感じでした。
それで場当たり的に仕入先が増えてって、さっきの集荷の問題が生じてくるわけだ。
仕入れた野菜はふつう数日で鮮度を失って、商品価値をなくします。傷んだ野菜は値下げして、それでも売れなければ廃棄する。商品棚を空にするわけにはいかないのでまた仕入れる。そしてまた廃棄する。このリスクをヘッジするために売価を上げる。ますます売れなくなる。
恐ろしいほどの悪循環だなあ。
八百屋のテーマとして掲げた「野菜を丁寧に売る」というのは、それぞれの野菜の特徴、栄養を生かした調理方法、保存方法など、お客が「へー!」となるような情報とともに野菜を提案すること。ところが、僕たち自身が野菜のことをほとんど知らないので、当然そんな提案はできない。仕入れに時間がかかるし、開店時間ギリギリになって店に帰ってきて仕分けして陳列して、なんだかんだ忙しくて勉強する暇がない。いつまで経っても理想の接客はできないままでした。
聞いてるこちらが悲しくなってくるよ。
ネット通販でも抱えていた問題の一つ、つまり「仕入れ価格が高い」は八百屋でも同様でした。卸価格を持たない農家から、産直に出ているのと同じ価格で野菜を買って売るわけですから、そりゃ売価は高くなる。
県内を走り回って安全な野菜だけを集めている、という労力や編集力に、お金を払ってくれなかったわけね。鳥取のように隣近所で野菜をつくってるような地方だと、そこにそれほどニーズやバリューはないのか。
そこで、ネット通販と同じ結論に達するわけです。やっぱりオリジナル商品が必要だと。
自分たちで野菜を作らないと儲からない、という結論か。続きます。