絶対阻止すべき? 種苗法改正を僕はこう考える
徳本です。
政府が種苗法改正案を今年3月3日に閣議決定し、国会に提出しました。今国会での成立を目指して審議されています(*)。
この種苗法の改正については、賛否両論の声がさまざまな方面から上がっています。先日も俳優の柴咲コウさんが種苗法改正についてのコメントをツイートし(削除済)、ニュースでも取り上げられるなど話題となりました。
法律には利害関係者が存在します。特に事業者は、既存の法体系の中で利益が最大化するよう活動しているので、「その法律を変えますよ」となれば、簡易な言い方をすれば、得する人と損する人が出てくるのは当然で、「賛成!」「反対!」いずれの声が上がるのも当たり前と言えます。
トゥリーアンドノーフは、法改正に賛成の立場です。
種苗法改正について解説した素晴らしい記事、ブログはすでにたくさんありますので(幾つかを文末に掲載しています)、本記事では、野菜の品種がいかに僕たち農家にとって重要なのか、これまでの経験をもとに書いてみたいと思います。
品種は農業にとって最重要要素の一つである
僕たちは一昨年(2018年)まで、小松菜を年間延べ20ヘクタールの規模で栽培してきました。
露地栽培だったため、圃場のある鳥取県東部の気候風土に適した品種を選定する必要があり、食味の違いはもちろん、株張り、耐寒性/耐暑性、極立性、耐病性など、異なる特性を持つ品種、およそ15種以上を試しました(*1)。
同じ小松菜でもこれほど違うのかと、品種ごとに異なる豊かな個性に驚かされたものです。
気候風土に適した品種の選定は、農業経営に直結する重要な要素です。特にキャベツやレタスなど結球野菜は、作型・品種選定を間違えると、収量に大きく影響します。
そのため、プロ農家は定期的に種苗メーカー担当者と情報交換をし、市場のトレンドや開発状況などをリサーチしています。
僕も2016年11月に、日本を代表する種苗メーカー「タキイ種苗」の研究農場(*3)を訪問する機会を得ました。
滋賀県にあるタキイ種苗の研究農場は、70ヘクタールという広大さ。
同社の品種は全て、ここで自然交配によって育種されます。ブリーダーと呼ばれる研究者は、僕たち農家と同じように畑を耕し、野菜や自然と対峙しながら栽培し、新しい品種を開発しているのです。
そして、最新のバイオ技術を有する研究部門が、ブリーダーたちが栽培した品種をDNAレベルで分析し、それぞれの特性や栄養価を見極めています。
必要となるのは、技術的な要素だけではありません。
品種開発には平均して10年の歳月がかかると言われています。つまり、10年後の市場、流通、小売、消費者のニーズやトレンドを予測し、目指す品種を設計し、先述のようにそれを土の上で育てて完成を目指すわけです。
土から野菜をつくる農家なら、これがどれほど大変な仕事が、心底理解できるのではないでしょうか。
品種の重要性を10年間の農業経営で学び、それを開発している育成者の努力を目の当たりにしてきた僕は、彼ら育成者の権利は守られるべきだと考えています。
品目によっては、自家採種を前提に長年、事業を設計してきた農家もあるでしょう。法改正後は、許諾制の導入によって、手続きや許諾料の支払いが必要になったりと、労力や支出の増加が見込まれます。
僕たちが栽培する米も、「ひとめぼれ」は一般品種ですが、「きぬむすめ」や「星空舞」は登録品種です(*2)。
これからより大切になってくるのは、農業経営者としての経営力です。
想定されるコストの増加が、栽培する品種が持つブランド力、既存の販路や消費者を下回ると考えるなら値上げも含めて栽培を継続するべきだし、上回ると考えるなら、自家採種が許されている一般品種から選定する。
どんな規模の、どんな形態の農家も、プロの経営者としての毅然とした強い意志決定が必要になってくるわけです。
農家の営利活動が、育成者の権利がおよぶ範囲から例外として除外されてきたこれまでが当たり前なのではなく、有難いことだったと考えるべきなのではないでしょうか。
今までの当たり前が、とてつもなく有難いものだったことを、今の僕たちなら理解できるはずです。
反対の声も切り捨てるべきではない
とはいえ、今回の改正法が完璧だと僕自身、考えているわけではありません。
例えば、日本全国に存在する在来種が守られるのかという指摘、議論があります。在来種は地域の食文化、多様性の観点から重要なもので、そもそも固定種(在来種)を栽培する目的でスタートを切ったトゥリーアンドノーフにとっても思い入れのあるものです。
この議論にも、以下のように異なる意見があります。
拒否できますよ。農水省が把握してる品種なら。問題は90%の非登録品種の全データを国が把握してない事なのです。例えば300種あるお米のうち記録があるのは証明書提出分のみ。一方都道府県開発のお米の種子データは企業に提供される。「在来種を保護する法律」がない状態でこの法改正はまずいのです。 https://t.co/FBDUw4UhW3
— 堤未果 (@TsutsumiMika) May 11, 2020
反対の一因として在来種が企業に品種登録され農民から奪われると言うものがありますが、実際に品種登録した事がある身からすると、他在来・登録品種との差異をその地域での第一人者の研究者(ウチの場合は九大の教授)が事前に現地に赴き調査されるので、そんなことあるわけ無い馬鹿げた話なのです。
— しまりす (@shimarisu66) May 10, 2020
いずれにせよ、自家採種する農家の声にも、法改正で生じうる問題を指摘する声にも(それが明らかな事実誤認や、根拠のない陰謀論などではない限り)、等しく耳を傾けるべきなのは間違いありません。
しかし、そうした「本当に聞くべき声」が聞こえにくく、届きにくくなっているのも事実です。
なぜでしょうか。
ネットで巻き起こる抗議活動
ツイッターで「#種苗法改正案に抗議します」というハッシュタグで検索すると、数万件のツイートが表示されます。
受け止めるべき声もありますが、多くは改正案を読むこともなく、明らかな事実誤認の煽動的なツイートに文字どおり煽られてしまい、着火してしまったものも多いように見えます。
こうした抗議活動は、不特定多数の利用者に瞬時に拡散されるツイッターのようなサービスで特に顕著で、「種苗法は日本を外国に売り渡す売国法だ」「日本は感染者数を少なく見せるために、意図的にPCR検査を実施していない。政府は嘘をついている!」「検察を政府が私物化する検察庁法改正に反対しよう!」といった言説を目にしない日はありません。
政治的な意見を国民一人ひとりが発すること自体は素晴らしいことで、民主主義の根幹を成すものの一つだと思います。国民が当事者とならない法律は影響の大小こそあれほとんどなく、誰もが当事者になり得るわけですから、それまで無関心だった人がこうしたツイートに触れることによって興味・関心を持つのは良いことです。
ただ、少しも調べることも、賛否双方の声を聞くこともなく、それが事実かどうかも気にすることなく、声を上げることはどうでしょう。もちろん、そうする権利を誰も奪うことはできないのですが。
農家はもっと声を上げよう
「産直EC」の記事でも書きましたが、農家ももっと声を上げるべきです。
僕たち農家は、当事者の最たるものなのですから。
賛成にしろ、反対にしろ、現場に立つ農家の声を一緒に発信していきましょう!
* 衆議院 「第201回国会 議案の一覧」
*1 僕たちが過去に試した小松菜の品種は、いなむら、つなしま、はっけい、きよすみ、わかみ、なかまち、美翠、菜々子、菜々美、はまつづき、あやか、冬里、よかった菜G、春のセンバツ、秋冬のエース。最終的にはつなしま、春のセンバツの2種を選定しました。
*2 農林水産省 「31 鳥取県で主に栽培されている品種」 なお、星空舞は登録申請中(2020年5月現在)
*3 タキイ種苗 品質へのこだわり「研究農場/品種開発」
- 外務省 「食料・農業植物遺伝資源条約(食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約:International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture(ITPGR))」
- 農林水産省
- 「種苗法改正案」
- 「植物新品種の保護をめぐる状況」
- 日本農業新聞 「種苗法改正案を了承 農家負担減で指摘 自民農林合同会議」
- 中日新聞 社説「種苗法改正 農業崩壊にならないか」(2020年4月25日)
- SHIFT 社会問題の核心に触れ、無知を智に変える。
- Yahoo!ニュース
- 現代ビジネス 「安倍政権の「火事場泥棒」ここにも…柴咲コウも怒った種苗法改正の闇」
- 長周新聞 「種子法廃止や種苗法改定に潜む危険 外資が種子独占し農業を支配する構造」
- J-CASTニュース 「「種苗法改正案」で農家が窮地に? 柴咲コウ警鐘も、農水省「誤解が解ければ反対する理由ないのでは」」
- 林ぶどう研究所 「種苗法の改正について」
- 風に聞け 「日本産ブランド。」
- やまけんの出張食い倒れ日記 「GW明けに国会審議される「種苗法の一部を改正する法律案」についての議論は、「登録品種か否か」を前提に読み直すべきではないか。「農家の自家採種の権利をぜーんぶ禁止にする」とはどこにも書いていないし、匂わせもない。」
- 現代農業 2018年8月 林重孝「在来品種、登録切れ品種の採種は自由だ」
- Togetter 改正種苗法について改正種苗法について
- 黒羽コウ 「誤解を解いておきたい」
- 村本大輔 「発信するということ」
昨年の9月から今年の2月に掛け農林水産省が全国に実施した大規模なアンケート、3,138回答数、A4用紙445ページの国民の皆さんの真剣な回答一覧を読まれましたか。
これを真摯に読めば農政が現在取り組むべき事が解る筈です。