清水直樹が野菜をつくるまでの話(2)

清水です。

私が農業の道を志すに至った道程をお伝えるする、人気シリーズ第二弾!

前回は私が地元鳥取を離れ、大阪のインテリア専門学校を経て、花屋さんに就職するまでをご紹介しました。

清水直樹が野菜をつくるまでの話(1)

清水直樹が野菜をつくるまでの話(1)今年の7月でトゥリーアンドノーフに勤務して2年になります。なぜ私がトゥリーアンドノーフに入社したのか、いやそもそもなぜ農業をしているのか、私の経歴を連載でご紹介…詳細はこちらから。 

花の世界に未経験で入った私が担当した仕事は、配達や花の水替え、水揚げなど、雑用的な仕事ばかり。しかし、花の色や形、これまでに私が見たことのなかった花たちに魅させられ、花が大好きになりました。

経験と知識が豊富で、技術もある先輩たちのつくる花束はどれも素敵で、自分もはやく同じような花束がつくれるようになりたいと思い、努力しました。

花屋の仕事の花形は、仕入れです。

当然私も強く関心を持ち、上司に相談して、週に2回、市場に行かせてもらいました。週2回の早朝4時起きは最初はつらかったですが、体のリズムができると清々しささえ感じるようになりました。

仕入れを任されるようになり、花束を作り、お客に喜んでもらえる。花屋の仕事は本当に楽しく、いつかは独立したい、そんなふうに思うようになりました。当時は自分のつくるものに自信を持ち、少し自分に酔っていた気がします。

しかし、「私の作っているものが素敵なんじゃない、花のひとつひとつが素敵なんだ」と考えられるようになってからは、花の見方が変わりました。そして、花の本当の美しさに気づきました。

その頃から、自分の関心事が、花の販売から生産へと移っていることに気づきました。

上司に相談し、3か月後には花屋をやめて、観葉植物・多肉植物の生産、卸売業の会社に勤めました。

プラントハンターとしてテレビにも取り上げられたことのある有名な園芸家、西畠清順宇治が代表を勤める会社でしたが、ここでの経験は自分を大きく成長させてくれました。

そこでの話は、また次回。


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