清水直樹が野菜をつくるまでの話(3)

清水です。

私が農業の道を志すに至った道程をお伝えする、人気シリーズ第3弾!

前回は花屋さんをやめて、観葉植物・多肉植物の生産、卸売業の会社に就職するまでご紹介しました。

清水直樹が野菜をつくるまでの話(2)

清水直樹が野菜をつくるまでの話(2)花の世界に未経験で入った私が担当した仕事は、配達や花の水替え、水揚げなど、雑用的な仕事ばかり。しかし、花の色や形、これまでに私が見たことのなかった花たちに魅させられ…詳細はこちらから。

テレビの取材

その会社の代表、西畠清順氏はプラントハンターとしてテレビにも取り上げられたことのある有名な園芸家で、私が入社した頃にちょうど、某番組の取材が始まりました。

長野の桜切り合宿、花屋さんに卸すための花材準備、海外での植物採取など、ディレクターの方は密着している間は常にカメラをまわし、どのような映像になるのか楽しみでした。もちろん私は、テレビの取材が入っているとはいえ、入社してすぐだったということもあり、業務をこなすのに精一杯でしたが。

特に桜切り合宿は2月の長野。極寒のなか一週間、朝から晩までひたすら桜の枝を切る作業。夜は皆で風呂に入り、同じ釜の飯を食う、男ばかりのむさくるしい感じの合宿にももちろん密着。

その切った桜はトラックで会社に運び、保冷室に入れたり温室に入れたり温度調節をして、普段なら春にしか咲かない桜を夏や秋に咲かせたりします。イベントに合わせて、花を咲かす開花調整はこの会社の強みでした。

この番組の放送日の数日前に東日本大震災が起こり、番組の放送がしばらく自粛となりました。西畠氏密着が放送再開後の初回だったこともあり、番組を見てくださった皆さんが花に希望を抱き、現代のはなさかじいさんのように映ったと思います。全国からたくさんの反響がありました。

その会社では他にも、入荷した植物の植え替え、温室の整理整頓といった一般的な業務に加えて、福岡の百貨店のオープンに合わせて九州全土から集めた桜を開花させるイベントを開催したりなど、日々異なる仕事をこなしていました。大変でしたがとてもやりがいがありました。

この先を生き方あらためて考えた

ある時、自分は考えて動くということができていない、ということに気づきました。

毎日の仕事でいっぱいいっぱいになり、目先のことだけで、次に何をすべきか見えていませんでした。そこで働く、番頭さんはじめスタッフのレベル、意識の高さについていくのがやっとでした。

彼らの非常に強いプロ意識、その原点は、やはりこの仕事が好きだということ。その想いが、やりがい、満足感、誇りへとなって彼らにフィードバックしているようでした。

彼らはきっと、生涯の仕事として今の仕事に取り組んでいる。

対して自分はどうだろう。自分は何が好きで、この先何を追求していくべきなのか、あらためて考えました。

花はうれしいとき、悲しいいときに寄り添ってくれます。木は、本や橋の原料となります。そして牛や豚、鳥や魚、野菜は私たちの食卓に運ばれてきます。私たちは日常的にたくさんのいのちををいただいています。

食は大事です。食べるものでしか体は作られません。食べることで私たちは命を繋いでいます。

命の大切さ、動物や植物など自然に生かされていることを実感できる、「農業」という仕事。これを真剣にやってみたい。

考えた結果、ここに至りました。

農業は、土地を使って、その土地のある地域に密着して土着的にやる仕事です。それならば、自分が生まれ育った土地でやってみたい。そう考えて、地元鳥取に帰ることを決めました。

調べてみると国が地方活性化をするため、地方移住に対して補助制度を設け、移住定住を促進していることがわかりました。

そのあたりの話は、また次回。


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