前編 – 産直ECが小規模農家を疲弊させる3つの理由
徳本です。
近年、テクノロジーの進展により、多くの農業系ビジネスが生まれてきています。
一方で、中国生鮮ECの相次ぐ経営破綻という記事が先月末に出ていましたし(*1)、国内でも産直系プラットフォームのサービス終了が話題になったのも記憶に新しいところです(*2)。
もともと季節や鮮度、嗜好性や文化色の強い食品というジャンルは、オンラインというマーケットプレイスには合わないと言われてきました。ゆえに、こうしたビジネスは大きなチャレンジであること、そして事業モデル全体としての歴史が短く、まだまだ黎明期であることは理解しています。
そのうえで、現在日本国内で展開されている農産物の産直系ECやP2P/D2Cマーケットプレイス等のWEBプラットフォームビジネス(以下、産直EC)は全て上手くいかず、遅かれ早かれビジネスが頓挫する、というのが僕の見立てです。
なぜなら、根本的な課題設定を見誤っているからです。
過去に、コダワリ農産物を扱うEC事業や実店舗の運営、10年近く国内最大規模で有機農業を実践してきた僕の経験からそう断言する、3つの理由を以下に記していきます。
鳥取県のコダワリ農家の野菜をキュレーションした「鳥取野菜ボックス」(2015年頃)。
産直ECが考える「日本農業の課題」
多くの産直ECは、次のような問題意識、課題設定でスタートしているのではないでしょうか。
「日本農業は危機だ。少子高齢化、担い手不足、荒れる農地等、課題は深刻だ。良いものは作っているが、消費者に正しく情報が届けられていない生産者が地方には沢山いる。既存の市場流通も時代に合っていない。生産者と消費者が直接つながることができれば、新しい流通・関係性が生まれ、結果として日本は元気になる。小さきものと小さきものを繋げる、個をエンパワーメントする、正しくインターネットの役割である」
しかし、農業の現場の現実は異なります。
日本の農地の大部分を占める基盤整備された水田地帯や野菜産地においては、農地の流動は非常に少なく、農業参入者及び後継者も存在します。そして、食えている農業者は実は全く困っておらず、元気なのです。
先述の「日本農業の課題」は、山間地や条件の悪い圃場環境など、全体から見てごく一部におけるものです。
当たり前ですが、農業でも別の業種でも、食えている人は困っていないし、食えていない人は困っています。
農業で食えている人は、品質の良いものを安定的に低コスト(環境負荷含め)で生産している人たちです。ゆえに市場の信頼を獲得し、契約栽培が主体となっています。
他方、困っているのが、安定的に品質の良いものを作れない、もしくは高コストになっているケースです。いずれも、それがゆえに買い手がつきづらい状態であると言えます。栽培手法(有機農業、自然農法など)や思いなどにコダワリが強い方が多いです。
産直ECは課題設定や既存の市場や流通との差別化をはかった結果、有機農業や自然農法などの手法や生産者個人のストーリーに重きをおいた見せ方になっていきます。
その結果、以下3つの問題に直面します。
1. 品質・供給量が恐ろしいほど安定しない
よく混同されがちですが、形がそろわない、品質と量が安定しないという理由は、有機農法だから、自然農法だから云々ではなく、完全に栽培技術が未熟であるがゆえに生じる問題です。
有機・自然農だから収量が安定しないというマインドに支配されている生産者は、遅かれ早かれ廃業します。これを僕は有機農業の目的化と呼んでいます(ゆえに彼らは、慣行農業を目の敵としがちです)。
加えて指摘しておくと、よく勘違いされるのは「有機・自然農で出やすい規格外も、加工用にすることで損失を回避できる」という話。しかし加工用の野菜を栽培するのであれば、最初から品種や肥培管理もそのために設計し、圃場管理していきます。規格外が多くなるのは完全に栽培技術の問題で、不揃い品が多い時点で収穫・小分けコストは倍増するので、加工用に回せたからと言って利益はほぼ残りません。
2. 仕入れの基準に客観性が持てない
仕入れの基準が、希少性や栽培手法、新規就農・里山保全・担い手の挑戦といったストーリーに偏りがちで、品質と安全性が客観的に評価されず、販売側も正しい判断・管理が困難になります。
生産者の顔が見える、有機農法など栽培手法にコダワリがあるといった点は、消費者の安心感につながる要素だと思います。
しかし、僕の考えでは、農作物(食べ物)の安全性に関しては、植物生理学や土壌学、微生物学などの基本的な知識はもちろん、肥料取締法、農薬取締法、植物防疫法、農用地の土壌の汚染防止等に関する法律、有機JAS規格、農地法、食品衛生法、食品表示法など、様々な法令理解(*3)も必要です。自己の体調管理はもちろんのこと、現場の衛生管理・整理整頓は常に実践しなければなりません。
多くのコダワリ生産者はどこまでこられを網羅的に理解しているでしょうか?
「自分の野菜は甘くて美味しいよ」と多くの生産者が言います。しかし、その品質を、硝酸値や糖度で数値化し、視覚化している生産者はどれくらいるのでしょうか。有機農業や微生物の話は目に見えない要素が多いので、どうしても評価が主観的になりがです。
土づくりや植物生理に関する知識や理解、肥料資材の評価やそれらを使用する意図、肥培管理の基本的な考え方を生産者から聞いたとき、正しく判断・ジャッジできるバイヤーがどれだけいるでしょうか。
生産者のコダワリや思いにフォーカスし過ぎ、美味しさや安全性に対する科学的根拠が欠落しているケースが多いように思います。
かつて僕たちも「生産者のコダワリ」を軸に仕入れを決めていた
3. ビジネスが恐ろしいほどスケールしない
例えば年間、売上100万円分の野菜を出荷してくれる生産者を300人集めたとします。売上は3億円。仮に手数料を15%として、販売側の利益が4500万円です。ここから人件費、広告宣伝、その他もろもろの販売管理費を差し引いて、いくら残るでしょうか。
コダワリのある小規模農家とコダワリのある消費者をつなぐビジネスは、様々なコストが発生します。
チルドの小口発送は膨大な物流コストが生じさせます。それは原価の大半を占めます。
仕入れ元の生産者は年齢や価値観、コダワリも違えば、経験値、知識や技術、事業の体制も異なります。出荷のたびに、「ほうれん草が3パック足りない」「にんじんが少し黒ずんでいるけど良いか」「キャベツ結球が弱いけど良いか」「質が悪いので、契約を反故することになるが出荷は見送りたい」…… 単価200円前後のアイテムの品ぞろえを確保するのに膨大なコミュニケーションコストが発生します。
なかには有機栽培だから不安定で仕方がないだろ、と開き直る生産者もおられます(僕自身、過去に何度か経験あります)。繰り返しますが、品質を安定させ欠品を出さないというのは、農法云々ではなく栽培技術の問題です。
また、生鮮食材は顧客からのクレームが多く、顧客対応にも膨大なコミュニケーションコストが発生します。
国内農業GDPは約5兆円。その内1%のシェアを取るとして500億円。登録出品生産者何人いりますか? 仮に一農家(アカウント)ごとに100万円の売上なら、必要なアカウントは5万。生産者のマネジメント、仕入れ管理、CRM……想像しただけで地獄です。少なくとも、僕はやりたくないですね。
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まとめると、現在の日本農業に存在する問題の多くは生産者の栽培技術に帰結する、ということです(実際には、「経営」に関する点も大きいのですが、それはまた別稿で)。
コダワリと思いは強いが栽培技術の足りない生産者をいくら抱えても、三方(生産者・販売者・消費者)にとって、本当に持続性あるビジネス、農業にはなりません。
と、ここまで読まれた方は、少し疑問に思われたかもしれません。
「タイトルには、『産直ECが小規模農家を疲弊させる3つの理由』とあるが逆で、『小規模農家が産直ECを疲弊させる3つの理由』なんじゃないの?」と。
でも、そうではないんです。
日本農業を盛り上げ、復活するために奮闘している産直ECのビジネスがなぜ、逆に小規模農家を疲弊させてしまうのか。次回、その核心部分と、僕なりの提案をしたいと思います。
それではまた来週。
*1 36Kr japan 「中国生鮮ECが相次ぐ経営破綻 市場の未来は明るいか?」
*2 ukka 「ukka サービス終了のご案内」
*3 農薬取締法、食品衛生法、肥料取締法、植物防疫法、農用地の土壌の汚染防止等に関する法律、食品表示法、農地法
初めまして、熊本県天草市の中産間地域で、農業をしていて、地元の物産館に、出しているものです。物産館は、過疎化、人口減少や、高齢化と観光客の減少で、疲弊しています。農家も、高齢化で、若い人が、いません。